東京地方裁判所 昭和55年(ワ)12883号 判決
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【判旨】
二<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができ<る。>
1 第一店舗及び第二店舗の各賃料は、本件賃貸借契約締結以来、昭和五五年六月分の賃料に至るまで全額支払われた。
2 右賃料は、昭和五三年一〇月ころ以降、原告愛光堂代表者の息子である詔宣が、原告らの使者として、被告方に持参して支払つており、その支払方法はおおむね二か月分をまとめて当該二か月目の前月の末日ないし当月の中旬ころまでに支払うというものであつたが、右のような支払方法に対し、被告は特段の異議を述べたことはなかつた。なお、和解調書記載の支払時期(前月末日払)に比して最も支払が遅れたのは、昭和五五年四、五月分の賃料を同年五月一四日に支払つたときであつた。
3 各店舗の賃料は、昭和五四年七月一日以降、第一店舗については金九万円から金九万九〇〇〇円に、第二店舗については金九万五〇〇〇円から金一〇万四五〇〇円にそれぞれ値上げされたが、被告は、原告らそれぞれに対し、昭和五五年六月三〇日付の書面をもって、第一、第二店舗の各賃料を、同年七月分から、それぞれ一か月金一〇万九五〇〇円及び金一一万一八〇〇円に値上げする旨の通知をし、右各通知はそのころ原告らに到達した。
4 詔宣は、昭和五五年七月四日、各店舗の同年六、七月分の賃料(七月分も、従前の額によるもの)を被告方に持参し、これを被告に対して交付し、被告はこれを受領した。
5 ところが、被告は前同日、原告愛光堂方を訪れ、詔宣に対し、各店舗の右七月分の賃料については、既に値上げの通知をしたので、従前の額のままでは受領できない旨を告げてこれを詔宣に対し返還した。
6 そこで、原告愛光堂代表者相楽照男(以下「照男」という。)は、被告の賃料値上げ通知及び前項の行為に対しどのように対応すべきかを、原告小川と相談したが、結論を得ることができないまま時を過し、同年九月二二日に至つた。その間、被告と照男及び詔宣は、店舗建物内において、たびたび額ママを合わせていたが、被告は、賃料支払の催促をしたことはなかつた。
7 昭和五五年九月二二日、被告から原告愛光堂に対して、本件賃貸借契約を賃料不払等を理由に解除するとの内容の内容証明郵便が到達したので、これに驚いた照男は、被告の増額通知どおりの賃料を支払うことにして、翌二三日、原告らの同年七、八、九月分の各賃料を詔宣をして被告方に持参させたが、被告はその受領を拒絶した。
8 そこで照男は、直ちに、訴外後藤弁護士に、被告方弁護士との交渉を依頼し、右後藤弁護士においては、昭和五五年一〇月三日、原告らの前記三か月分の各賃料を持参のうえ被告方弁護士を訪れ、交渉を行つたが、被告方弁護士は契約の解除を主張して譲らず、結局その場はもの別れに終り、照男は昭和五五年一〇月九日ころ、原告らの前記三か月分の各賃料を供託した。
三以上の認定事実を前提として、請求原因3につき判断する。
まず、請求原因3(一)(1)(賃料支払時期の変更)を検討するに、本件和解調書に明記された賃料支払時期の約定が、事実状態により黙示的に変更されたとするためには、特段の事情が認められることを要するところ、右二1及び2記載の事実だけでは、右特段の事情には当たらず、他にこれを認むべき証拠もないから、賃料支払時期の変更を認めることはできない。したがつて、原告らの昭和五五年七、八、九月分の各賃料の提供はいずれも和解契約に定められた前月末日払の約定に反するものであつて、履行期に遅れたものと言わざるを得ない。しかしながら、原、被告間には右認定のとおり、同年六月分までの賃料はすべて支払ずみであること、前記三か月分の賃料の提供時期は、右七月分は、値上げ通告前の額ではあるが、約定支払時期に遅れること僅か四日であり、右八、九月分の提供の遅滞は、たしかに従前被告において異議を述べなかつた遅滞よりもさらに遅れるものではあるが、従前の遅滞に比して著しく遅滞したものとは言えないこと、同年七月四日から解除の意思表示に至る約二か月半の間、被告は原告らに対し、右三か月分の賃料の支払を請求しなかつたこと、照男や原告小川において右三か月分の賃料の支払が遅れたのは、賃料の値上げへの対応を考えていたためであり、それを支払わない意思であつたのではないこと、以上の事情が存在し、これによれば、前記の提供の遅滞には、原、被告間の信頼関係を破壊しない特段の事情があると言うべきであり、したがつて、被告が右遅滞を理由として、本件賃貸借契約を解除することは許されないと言わざるを得ない。
四次に、本件和解に至る経緯及び和解成立後の賃借店舗の使用状況等をみるに、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ<る。>
1 本件第一、第二店舗はいずれも昭和三六年四月三日東京地方裁判所において成立した調停により、本件第一店舗は照男が個人で被告から賃借して洋服店として使用し、第二店舗は同じころ原告小川の実父小川豊次郎(以下「豊次郎」という。)が被告から賃借して菓子・食料品店として使用していた(ただし、昭和四六年四月ころより洋服店に改装し、原告小川が右洋服店を切り回していた。)ところ、昭和四〇年七月ころ、被告が前記調停による調停調書の各項違反を理由に、照男及び豊次郎に対し、両店舗の明渡しを求めてきた。そこで両名は右調停調書による強制執行を免れるため、東京地方裁判所に対し請求異議の訴を提起し、その結果昭和四六年一月二九日右両名勝訴の判決が出されたが、被告が控訴し、事件は東京高等裁判所において審理されることになつた。
2 右高等裁判所においては和解が試みられ、照男、豊次郎両名は第一審で勝訴したものの、照男においては賃借名義を照男個人から原告愛光堂に変更したいとの希望を持ち、豊次郎においても賃借名義を実娘の原告小川に変更したいとの希望を持つており、しかも右両名は各店舗の営業品目が類似しているので、第一、第二店舗を一店舗に改装したうえで共同経営することにより経営の合理化をはかりたいとの意向をも持つていた。
そこで原告愛光堂と原告小川が利害関係人として右和解に参加することとなり被告との間で交渉が行われ、その結果、照男、豊次郎の希望どおり賃借名義はそれぞれ原告愛光堂及び原告小川に変更すること及び、第一、第二店舗を一つの店舗とした上で原告らが右店舗を共同経営することを被告が認め(その趣旨を明記したのが、請求原因1(二)記載の本件和解調書の条項である。)、その代り原告らは被告に対し和解金として金六〇〇万円を支払うことで合意が成立した。
本件和解は右のような経緯を経て成立したのである。
3 本件和解成立後、原告らは、第一、第二店舗の間に存在したブロック造りの間仕切りを取り壊すなどして右二店舗を一店舗の形に改装したうえ「アイコー堂洋服店」という看板をかかげて営業を開始した。そして、営業開始後間もなく原・被告双方の代理人の立会のうえで改装後の店舗(以下「本件店舗」という。)の見分が行われた。その際、原告らが本件店舗の店頭通路部分に移動式のワゴンを置いてズボン等を展示していることにつき、被告代理人より常時通路部分に展示しておくのかどうか、という趣旨の質問がなされ、原告らにおいて営業時間内にかぎり展示する旨を答えたところ、同代理人はそのような使用方法を了承した。原告らはその後も営業時間内における移動式ワゴンによる店頭通路部分における展示を続けたが、後記の被告による解除の意思表示に至るまでの右展示状態には特に見るべき変化もなかつた。
4 ところで、原告小川は、本件和解成立後、和解金のうち金三〇〇万円を他から借り入れて被告に支払い、その他第二店舗の敷金として金一四二万三五八〇円を被告に対して支払い、出資者として原告愛光堂の社員になるとともに、本件店舗で経理・販売等の事務を行い、原告愛光堂から一か月金一五万円の金員を受け取つていた。
5 しかし、昭和五二年一〇月ころに至り、原告小川は自ら他に洋服店を開き営業を開始したなどの理由から本件店舗で働く時間が著しく減少し、その結果原告小川が原告愛光堂から受領する金員も昭和五三年ころから金一〇万円に減少し、昭和五四年七月ころは金五万円にまで減少した。
一方、本件店舗の経営は、営業開始以来全て原告愛光堂の計算で行われており、原告小川が前記和解金三〇〇万円の支払いのために借り入れた金員についても昭和五一年から同五四年にかけてすべて原告愛光堂が弁済した。
もつとも、原告小川が本件店舗でほとんど働かなくなつた後も本件店舗の使用状況は、原告小川が働いていたときと何ら変わるところはなかつた。
6 被告は、本件店舗を含む店舗建物(以下「本件店舗建物」という。)の二階において編物教室を経営しており、本件店舗の商品の展示方法や、原告小川が本件店舗でほとんど働かなくなつたことを認識しながら後記の解除の意思表示に至るまで、これらの点につき何等の異議も述べたことはなかつた。
7 被告が昭和五一、二年ころ、本件店舗建物の一階非常階段下の空間を店舗として使用するためシャッターを設置するとともに、一階の空店舗となつている部分の入口のシャッターを閉鎖しようとした際、照男を含む一階店舗の賃借人数名が、右非常階段下は一階の賃借人らがゴミ置き場として使用しているのでシャッターを設置するのは止めてほしい、空店舗部分のシャッターの閉鎖は通路部分の見通しが悪くなるので止めてほしい旨を申し入れ、結局被告はこれらの行為をしなかつた。
8 被告は、昭和五五年六月三〇日付の郵便をもつて原告らに対し、同年七月分より家賃の値上げをする旨通知し、同年七月四日、照男の息子である詔宣が持参した値上げ前の同年七月分の賃料をいつたんは受領しながら、これを返還し、同年九月二二日、原告らに対し、原告らの和解条項違反を理由として原告らとの賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
五以上の事実を前提として、抗弁及び再抗弁につき判断する。
1 抗弁1(原告小川による賃借権の譲渡又は転貸)及びこれに対する再抗弁について。
(一) まず、原告小川から原告愛光堂に対し第二店舗の賃借権が譲渡又は転貸されたかどうかをみるに、前記四2記載のとおり、本件和解において原告ら及び被告の間には、第一、第二店舗を一店舗に改装したうえで右店舗を原告らが共同経営することを認める旨の合意が成立している。原告らの賃借権にはこのような特約が付いているので原告らが本件店舗を共同経営している限りは、互いに相手の賃借部分を占有使用したとしても、本件和解調書にいう賃借権の譲渡又は転貸にはあたらないと解すべきところ、前記四の4に記載したところによれば原告小川は本件店舗の営業開始当初は、一応共同経営者として本件店舗の経営に参加していたとみることができるが、前記四5に記載したところによると原告小川は遅くとも昭和五四年七月ころには自己の店舗を経営し始めた結果、本件店舗で働く時間が著しく減少し、原告愛光堂より受け取る金員も共同経営の結果と評価するに足りないほど低額になつたから、遅くともそのころには本件店舗の共同経営を離れ、本件店舗は原告愛光堂の単独経営となつたというべきであり、従つて、第二店舗に対する原告小川の賃借権はそのころ原告愛光堂に対して黙示的に譲渡又は転貸されたものと認められる。
(二) しかし、右のとおり原告小川が賃借権の譲渡又は転貸をしたとしても、前記四5及び6に記載したところからすれば、本件店舗は営業開始当初から原告愛光堂が中心となつて経営を行つていること、原告小川が経営を離れてもその営業の実態に変化のないこと、本件店舗の使用状況は原告小川の賃借権の譲渡、転貸の前後を通じて何らの変化も見られないこと及び被告は原告小川が本件店舗において働く時間が著しく減少したことに気付きながら何ら異議を述べなかつたことが認められるから、原告小川のした賃借権の譲渡又は転貸については、賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情があるというべく、したがつて、被告はこれを理由として原告小川との賃貸借契約を解除することは許されない。
(鈴木康之 佃浩一 小野憲一)